Geoff McCoy 初めてMcCoyの板を見たのはBALIだった。 6"4のショートボード。 「変わった板だなぁ…。」 それが最初の印象だ。 丸みを帯びた、なんとなく温かみのある板。 ボードの持ち主であるロバートは、いつになく真顔で、 「これはマジックボードで凄い板なんだ!!」 「まるでロングボードのようにテイクオフが楽で、すごく良く動くんだぜ。」 と熱く語っていた。 一緒に話を聞いていた大和田剛は、後日、ロバートからその板を借りて乗ってみることに。 ロングボードだった剛にとって、ショートボードに乗れるかどうかは半信半疑だった。 しかし、乗ってみた後に剛から出た言葉は…。 「この板スゴイよ!! 欲し〜い!!」 その後、何度となくロバートと交渉。 最初は当然断られたが、とうとう最後は拝み倒して譲ってもらった。 以来このボードは大和田剛のもとにある。 えらく調子がいいらしく、ご満悦の様子だ。 旅に出る前、剛からさんざんマジックボードの話を聞かされ、 日本で似たようなショートボードを購入したあげく全然乗れず、手放してきたアキヤン。 昔ショートボード、そしてブランクの後、数年前からロングボードで復活したクチなのだ。 ようやく、最近サーフィンが面白くなってきたところで、今後、 ロングボードのクラッシックスタイルを目指すか、ショートボードに返り咲くか、 悩んでいた時だった。 バイロンベイでMcCoyの工場を見かけたのは偶然ではなかったのかもしれない。 誕生日のプレゼントに「サーフボード」をあげることは決まっていた。 あとは、どんな板にするかだけだった。 McCoyの板になったのは必然だったと思う。
工場を訪ねたらそう言われた。 ジェフ・マッコイがバイロンベイに住んでいたことも 知らなかった我々。翌日、少々興奮気味で会いに行く。 中に入ると、前日見かけなかった男性がいる。 ジェフ・マッコイその人だ。 思わず自己紹介して、どうやってあなたのことを知ったか、板を作ろうと思っているのだか、どんな板にするか悩んでる事などを告げると、 「・・・・・僕の板に乗ってみるかい?」 と言ってくれるではないかっ! 初対面の我々に、ジェフはすばやく自宅の住所と電話番号を紙に書くと、 妻に連絡しておくから、いつでも自分の板を借りてよいと約束してくれた。 早速、翌日借りに行く。 ジェフの家は、そのネームバリューから想像してたのとは違い、 こじんまりとした、だがすごく気持ちの良い家だった。 奥さんの美枝子さんは日本人でやさしそうな人だ。 ジェフ自身が去年まで乗っていた8"0の板と、違うタイプの板の2本を借りる。 変わった板だった。 “NUGGET(ナゲット)”と呼ばれるその板は、 シングルフィンで、そのフィンも変わっている。 アキヤンも、最初に乗った時は不安定に感じたらしい。 何度か乗ってみたが、いまひとつわからず終い。 「確かにテイクオフは早いんだけどなぁ…。」 結局、1週間程で、返しにいくことに…。 奥さんの美枝子さんは、嫌な顔ひとつせず、 「大事なものだからね。よ〜く考えて納得したものが イイよ。」 と言ってくれるものの、せっかく板まで貸してもらったのに… と恐縮しながら返しにいったアキヤン。 そこには、たまたまシェーン・ホラン(プロサーファー)が遊びに来ていた! 彼は板を見ると、こう言った。 「1ヶ月! 1ヶ月その板で練習すると、面白いように乗れるようになるよ。」 「・・・・・・・。」 その言葉が妙に耳に残った。 今思えば、アキヤンが悩んでいたのは自分のサーフィンの方向性だったと思う。 その後、だんだん波乗りが楽しくなって来て、自然と両方目指せばいいじゃないかと 思えるようになった時、やはりどうしてもMcCoyの板が欲しくなった。 こうして、1ヵ月後、再び板をオーダーすることになる。 おかしかったのはオーダーする際、 アキヤンが、「僕の夢は、チューブに入ることなんです!」と言うと、 ジェフが即座に、「Oh , OK , GO 「PASS」! Tomorrow ! 」 と答えたこと。 (「PASS」はアウトがほれたチューブで始まるポイントで有名。) 「いやいや、実はまだチューブは入ったことがないんです。」 とアキヤン。 「・・・・・・・Oh・・・。」 ジェフもアキヤンの実力がわかりかねてる様子。 「どんな板にしたいのか?」 と尋ねられ、 「ロングボードの様にテイクオフがイージーで、ショート・ボードのような波乗りが 出来る板が欲しいんですけど…。」 とあつかましくも答えるアキヤンに、 「・・・・・・・。」 本気で考え込んで、しばし石の様に固まったジェフがおかしかった。 こうなったら、見てもらった方が早い! 一緒に海に入って見てくれないか?と頼むと、 なんと、快くOKしてくれた。後日、アキヤンのサーフィンを見てもらう。 ジェフのサーフィンは丁寧だ。波の事を良く知っている。 ホローな波が好きらしく、いつも気持ちよく最後まで、波を乗っていく。 板が出来るまでの2週間。自分の板をずーっと貸しててくれると言う。 本当にやさしい人だ。好意に甘えて、思う存分乗らせてもらった。 家が近所だったこともあり、その後、しょっちゅう遊びに寄ることに…。 そうして、我々は否応なく、ジェフの人柄に触れていったのだ。 ジェフは真面目だ。 今でも、毎日2本は必ず削っている。 2本以上だと集中出来ないとのこと。 シェイプしている所を見に行っても良いかとの質問に、 「・・・・・・(本当に困った顔で)それは…サーフボードのシェイプは、 ほんのちょっとの違いですべてが変わるんだ。だから…その…。」 と大真面目に答える。彼は本当に職人なのだ。 シェイプの合い間を縫っては、毎日海に入ってサーフィンしている。 ジェフが海に入っていると、いろんな人が挨拶にくる。皆ジェフが大好きだ。 波待ちするポイントも、混んでる沖ではなく、インサイドにいつもひっそりと待っている。 それは、あたかも彼の人生に対するスタンスと似ている。 決して争わず、すべてを受け入れていくその姿勢に…。
「McCoy」ボード。ある程度年のいったサーファーなら、 誰しも一度は目にしたことがあるであろう。 往年のプロサーファー、マーク・リチャーズを育てたのも彼だし、シェーン・ホランとの長い間のコラポレーションも有名だ。 まさに、初期のサーフシーンの立役者的存在でもあり、 プロサーフィンの真っ只中で活躍した第一人者でもある。 飛ぶ鳥を落とす勢いで伸びゆくサーフィン業界。 そんな順風満帆な中で、ある日彼に転機が訪れる。 仲間の裏切りである。 ある日ジェフが工場に戻ると、そこはもぬけの殻だった。 すべての道具と書類は持ち去られ、相手は逃亡していた。
相手を訴えるでもなく、探すことでもなかった。 大きすぎるショックの中で、 「これは自分にとってどんな意味があるのだろう?」 そう考えながら、ジェフは従業員の給料を払う為、 会社も工場もすべて売ってしまった。 当時の妻とも離婚することになり、 財産をすべてなくしてしまう。 ほとんど無一文に近い状態で、バイロンベイに辿り着いたのが20年程前。当時は、車で生活する日々だったという。 大好きだったシェイプも、一時は中断を余儀なくされた。 その頃のことを尋ねると、ジェフはこう語った。 「あの頃の自分は前しか見ていなくて、振り返る暇もなかった。 何億ものお金を一夜にして失ったけれど、それによって、数多くのことを学んだし、 たくさんのものを得る事が出来たと思う。」
奥さんの美枝子さん。 ナチュラルで素敵な人だ。 そうして、ジェフはまたシェイプを始めた。 最高のパートナーを得て、現在、彼は、 本当の意味で、落ちついた幸せな日々を送っている。 サーフィン業界の表も裏もすべてみてきた男は、 自ら、プロサーフィンの商業主義から背を向けて、 アンダーグランドに入っていく。 再びボードのシェイプを始めた彼の噂を聞きつけた、 ケリー・スレーターやジョエル・チューダーから板を作ってくれと頼まれても、 ジェフは断っている。その理由は?と尋ねると、 「確かに彼らの技術は凄いと思う。でも、彼らが僕の板に乗っても、 普通の人のように、新たな発見や喜びは少ないだろう? 商業的に利用されるのも嫌だしね…。」 と言う。 あくまで自分のペースを大事にしている。 “普通の人”に、今よりもっと楽しく波に乗ってもらいたい…。 それが、今の彼の嘘偽りのない本音なのだろう。 実際、彼の家に遊びに行くと、どうしてもジェフに板をシェイプしてもらいたい!という人が、 自宅まで訪ねてきている姿も見かけた。プロでもなんでもない、“普通の人”だ。 ある時、ジェフからいきなりこう尋ねられたことがあった。 「YUMEはサーフィンを始めた時に、誰かに教えてもらったかい?」 「…いいえ。誰にも教わってないよ。」 そう答えると、 「それが問題なんだ!例えばゴルフだったら、ゴルフが上手い人が教えてくれるが、 サーフィンは、たとえ凄く上手い人でも、教えることをしない。 もっと教えてあげれば、途中で止めることなく、楽しくサーフィンできる人が 増えるのに…。」 と残念そうに言う。本当にそう思っているのがうかがえた。 勿論、普通の人だけの為にシェイプしているわけじゃない。
シェーン・ホランが、“JAWS”の波を メイクした写真が送られてきていた。 その板は当然、McCoyボードだ。 初心者からエキストリーマーまで…。 様々な人の板をシェイプしている。 ジェフの頭の中はどうなっているのか、 一度覗いてみたいものだ。 ジェフは物静かな人だ。 だが、たまに語るその言葉は、結構深い。 「海に入ったら、まず海の呼吸を感じることが 大事なんだ…。早い時は早く、ゆっくりな時は ゆっくりと…、深呼吸するんだよ。」 いろんなことを教えてもらった。 ありとあらゆるタイプの板をシェイプしてきて、現在彼が辿り着いたのが、 “NUGGET”と呼ばれるボードの形だ。 自然を限りなく愛する彼の哲学の中で、もっとも波と調和できる形なのだという。 どこか安心感のある、その形は、暖かくてカワイイ。
得たものだ。 ある時、海で波待ちしていると、カモメが目に入った。 カモメは、雨の日も風の日もなぜ一定に飛べるのだろう? そう思ったら居ても立ってもいられなくなって、 それから毎日、波待ちしながら、 餌とカメラを片手に海に入ること6ヶ月間。ようやく真下からカモメの羽を撮ることに成功して、それを拡大コピーして切り取り、フィンに使ってみたら上手くいったのが始まりだそうだ。 ほとんどオタクである。 そしてまたある時は、“海鵜”が自在に空と海を行き来しているのを見て、 空はソフトで、海はハードだ!と感じ、以来ボードはソフトに、フィンはハードに… を 心がけているという。もう、スーパーナチュラルな人なのである。 ジェフ曰く、 「すべてのものは自然からヒントを得ている。鳥から飛行機を作り、 魚から泳ぎを習い…、人間はもっと自然をリスペクトしたほうがいい。 今の環境破壊は悲しいことだ。人間は自分自身を破壊しているのさ。」 その独自の道を行くボードの形についても、 「遠い未来、万が一、今の文明が滅びることになっても、 また新しい文明が生まれるだろう。 その時に、土を掘り起こした人間が、僕のボードを見つけて、 “こりゃなんだ?? 宇宙人の乗り物か?”な〜んて思われたら最高だね。」 などど、茶目っ気たっぷりにしゃべっている。 いくつか質問してみた。
そうして、待ちに待った板が出来上がった。
「KAZU(ジェフはアキヤンのことをこう呼ぶ)が乗らないなら俺が乗る!」 というぐらいの気に入りようだ。自分が次に乗りたいボードを作ってくれたという。 8"0のそのボード。ひと目で気に入ってしまった。 待ちきれないかのように、海に飛び込むアキヤン。 そしてその結果は…???
いままでになく、よく動くボード。調子いい! いつもは抜けれそうにもない波も、いい感じで抜けていく。 ほれた波も、気分良く楽しめているようだ。 なによりも、海から上がってきたうれしそうな顔が、そのボードの真価を表していた。 「最高だよ〜!」 勢いづいたアキヤン。それから1週間後のこと…。 「The PASS」でのこと。今までなら抜けれない波だった。 でも、テイクオフしたボードは、面白いほどスピードが出ている。 無我夢中で乗っていた…。 このまま行ったら・・・・・・? そう思った瞬間、なんと!チューブに入ったのである!!! 出てきたら、それを見ていたらしいオージーが、「ヒュ〜、ナイスチューブ!」 と言ってくれた。 人生初めてのチューブだ!
大喜びしたアキヤン。早速、その日にジェフの家に寄って報告しに行ったのであった。 「ジェフ、今日生まれて初めてチューブに入ったよ!!」 「ワァオ!コングラチュレーション!」 ジェフは、もの凄く喜んで、自らワインを注いでくれた。皆で乾杯。 そしてこう言ってくれた。 「チューブに入った時に目をあけてたかい?」 よく憶えてない… とアキヤンが答えると、 「チューブに入る時は、目をあけるんだ。水が入ってしみても目をあけ続けるんだ。 そうすると、これから何度でもチューブに入れるもんさ。 もっとも、これは俺じゃなくてシェーン・ホランが言ったことだけどね。」 と、ニッコリ笑いながら教えてくれた。 初チューブ記念に、 何か一言書いてくれないか?と頼むと、 一瞬考えて、すぐにこう書いてくれた。
天才は“スタイル”を持っている。 ジェフは自然を畏敬している。 ひらめきと、それを現実のものに出来る経験がある。 そこに、まさに職人気質と技術が加わった時、“マジックボード”が出来上がるのだ。 誰よりもサーフィンを愛して、そしてそれを皆で共有することを心から望んでいる。 なによりもその人柄からくる信頼が凄い。 サーフィンは人間が海の波動に乗る遊びだ。 その遊びが、時に命がけだったりするが…。 そんな自然のエネルギーと人との接点が、たった1本のサーフボードなのだ。 考えてみれば、その道具が、それを作る人の人柄と信頼に左右されるのは当然なのかも しれない。ましてや、その人物が誰よりも自然のエネルギーを感じる人ならば…。 サーフィンが、商業主義になるにつれ、ハイパフォーマンスのボードが、 次々と作られ、そして消費されていく現代。 そんな世界から、いち早く背を向けたかのごとく、 ジェフは今日も、波乗りを楽しみたい人に、“それが出来る板”をシェイプしてるはずだ。 今後、サーフィンがよりポピュラーになっていくであろう将来、 人々が求めるもの・・・・・・、それは、 “自分にとってのマジックボード”に他ならない。 その答えを、すでにジェフ・マッコイは知っている。 彼の板は今も進化し続けている。それを求める人々と共に…。 |