arribada “arribada(アリバダ)”。 その聞きなれない単語を初めて知ったのは、 コスタリカに来て『Lonley Planet』を読んでいた時のことである。 ちょうどニコヤ半島のNosara(ノサラ)に向かう為その辺りの情報を調べていたのだ。 ノサラから5km離れたPlaya Ostionalで、世界中でも数箇所でしか報告されていない アリバダ −ヒメウミガメの大産卵− が見られるという。 急いで『地球の歩き方』を開いてみると… こんな記事が載っていた。
そこに載っている写真には、何千頭もの カメが、ビーチ一面で足の踏み場も無い くらい産卵している姿が写っていた。 記事によると、1シーズンに15万頭もの 母ガメが1500万個もの卵を産みに来ると 書いてある。 ちょうど近くに行くし、ラッキーだったら 見れるかも? と一瞬思ったが、なんせ 相手は自然現象。こればっかりは 運次第なのであまり期待はしていなかった。 ところが、プラヤ・サマラでたまたま泊まったホテルに、エコ・ツアーの団体がいて、 “まさか?” と思って、アリバダの事を尋ねてみると、 「そう。私達はそれを観に行くの。昨日もたくさんいたらしいわよ。」 と 教えてくれるではないか! こうして、世界的に有名な自然現象を垣間見れる機会は与えられた。
コスタリカ国内で、カメの産卵が見られる有名な場所は4箇所ほどある。 「トルトゥゲーロ国立公園」、「Playa Grande」などなど…。 ただし、ほとんどが保護区に指定されている為、入場料が必要だったり、 ガイドと一緒じゃないと入れなかったり、遠目にしか見れなかったりと、 それぞれ規定が厳しい。 しかも、通常カメの産卵と言えば夜間なので、母ガメを刺激しないように カメラフラッシュ禁止が常識だ。ところが、ここプラヤ・オスショナルは治外法権。 現代社会から切り離されたような田舎ということもあるし、アリバダ自体が 一度始まったら昼夜を問わず3日〜1週間ほど続くので、 暗闇ではなく日中見ることが可能だからだ。 シーズンになるとニコヤ半島各地のホテルからツアーが出ている。 我々が滞在しているノサラからプラヤ・オスショナルは隣村だし近い。 アリバダが始まった事を知り、早速向かってみたのだが、 途中に大きな川があり、4WD車でも渡れそうになかった。 しかたなくこの日は断念して、翌日、ATV(4輪バギー)をレンタルして再トライ。
さしかかると、案の定、エコ・ツアーの バスがハマって右往左往していた。 “悪いね…。” それを横目でみながら、我々は つり橋をATVで登って渡る。 いくつかの川を渡って、左に牧場が 見えてきたら、その先は国立野生保護区となる。 ノサラからプラヤ・オスショナルまでATVで 30分ほどで到着。ちょうど午後1時だ。 村に入って左手に小屋が見えたら横道に入っていくと突き当たりがビーチ。 カメの監視用パラパ(藁葺屋根の小屋)がある1kmほどのブラックサンド・ビーチ。 あせってビーチに出てみたものの…、カメはいなかった。
ビーチには、カメの卵の殻の残骸が、そこらじゅうに散らばっている。 確かにカメは居たらしい。すでにアリバダ発生から今日で5日目。 “足の踏み場もないくらいのカメ” とまでは無理としても、1匹くらいは見たかった。 “あ〜終わっちゃったのかなぁ?” とガッカリしていると、エコ関係者らしき人物の姿 が目に入る。おぼつかないスペイン語で尋ねると、「トレス、クアトロ!」との答え。 どうやら3時〜4時頃に来ると言っているらしい。 “なんでわかるのだろう?” とりあえず食事でもして待とうと、探してみたのだが、 この村にはレストランが1軒しかない。そのうえ味も期待できそうになかったので、 一旦ノサラに戻りレストランで待機。途中、雨が降り出す。 雨季は天気が変わりやすい。晴れてたかと思うとすぐ雨になる。雨具は必須だ。 食事を終え再びオスショナルに到着したのは、ぴったり3時。 恐る恐るビーチに出ると… いたいた!!
ビーチ全体で50頭くらいはいるだろうか? 昨日は100頭以上いたらしい。 ピーク時には数千頭ものカメが一斉に卵を産むというが、 行った人に言わせると、そこまでいると生臭くて大変だとのこと。 観たいような観たくないような…。 我々はこれくらいの数がちょうどよかったのかもしれない。 長いニコヤ半島の中でなぜこのビーチだけに上陸するのか、 なぜ号令をかけたかのように一斉に押し寄せるのかは研究者にも謎らしい。 長旅で疲れているであろう体を休ませる事もなく、カメはズリッズリッと体全体を 使って、砂の柔らかいビーチの奥まで、ゆっくりとしたペースで登ってくる。 途中ショッキングなシーンを見た。 ある1匹の上陸してきたカメがビーチを登っている時、前を男の子が通り過ぎたのだ。 驚いた母ガメは興奮して、いきなりクルリと体の向きを変えて海の方に戻り始める。 何も出来ずに見詰める我々に背を向け、母ガメは海に消えて行った。 あのカメはどうなるんだろう…? 後に聞いた話では、一度何かのトラブルで上陸できなかった母ガメは、 そのまま卵を海に流してしまい、その後二度と受精しなくなるという。 つまり卵を産まなくなるわけだ。ということは、あのカメは最初で最後の アリバダ参加のチャンスをふいにしたのだ。 こういう事があるから、普通は保護の為、規制をしていくのだろうが、 この村ではそういうことはあまり問題になっていないように見える。 それどころか、この村の主産業はカメの卵の出荷なのである。 アリバダ発生から36時間の間は村のメンバーは卵の採集が法律で許されていて、 それで生計を立てている。そのことで、村人とエコ関係者の間に、つい最近、 争いがあったばかりらしい。 卵の数が膨大なので、次から次へと来るカメが結局はすでに埋まってる卵まで 掘り起こしてしまうと言いながら卵を採集している村人と、散らばってる卵を拾い集め 穴を掘って埋めているエコ関係者。両方の姿がこのビーチに存在している。 そんな人間界の揉め事などまったくおかまいなしに、カメ達は今日も上陸を続ける。
おもむろに穴を掘り始める。これが抜群にウマイ! 後ろ足を器用に折り曲げて少しずつ砂をかいていくのだ。 最後の方になると、息を飲んで足を思いっきり伸ばして砂をかく。 ある程度穴を掘ったら、一瞬、休憩。 そして息を深〜く吸い込むと、卵を産み始める。 りきんではポロポロ、そしてまたりきんではポロポロ… の繰り返し。 (その姿には、頑張れ〜!と声をかけたくなる。) 全部生み終わるとまた一瞬休憩して、今度は穴を埋め始める。 穴がある程度埋まると、次は体全体を使って土を踏み鳴らして固めていく。 バタンバタンと重い体を一生懸命揺らしながら、これまた器用に埋めていくのだ。 埋まったらしばらく休憩して、海に向かってまたズリズリッと帰って行く。 一匹のカメが上陸して海に帰るまで大体1時間だ。 すべては本能の力だろうが、この不思議な動物の出産ドラマを最初から最後まで こんなに真近に眺めていると、さすがに感動する。 海に帰るカメの後姿を眺めていると思わず声が出てしまう。 「お疲れさん…。」
ゆっくりビーチを歩きながら 眺める事が出来る。 こんなに何匹もカメを見ていると、 カメにもいろんなタイプがいるのが わかって面白い。 すばやく上陸してサッサと産むカメがいるかと思うと、 ゆっくり産むカメがいたり、観てるこちらは、 勝手に「このコはベテランだね。」とか 「こっちは多分初産だ。」とか言いたい放題だ。 中には、10人程のグループに取り囲まれて 出産をつぶさに見詰められてるカメがいたりして、 “カメにはなりたくないなぁ” と思ったりして…。 途中日本人の女の子に出会って立ち話。 小柳さんというその女の子は2年半かけて中南米から南米を回っているらしく、 ここには当然アリバダ狙いで来たらしい。 我々がたまたま来たことを知ると、彼女は「私は今回4度目にしてやっと観れたんですよー。 突然来て観れる人がいるなんて…。」とショックを受けた様子。 彼女の話によると、今回はいつもの予定の時期より2週間も早くアリバダが 始まったらしく異常現象だったらしい。本当にラッキーだ。 実はカメの産卵は、以前スリランカでも観たことがあるのだが、 夜だったし懐中電灯も当てられないのでゆっくり観ることはできなかった。 昼間に、しかもこんなに何匹も一度に見れる場所は他にはあまり無いだろう。 ここまでして産んだ卵も、ハゲワシや動物に簡単に掘り起こされてしまう。
必死で産卵する母ガメの近くには、今か今かと待ち構えているハゲワシ達の姿が 至る所に見受けられる。自然は厳しい。 この膨大なエネルギーの中で産み出された卵の中から、 果たして、鳥や動物や人間の手を逃れて、無事海まで辿り着けるのは 一体何匹なのだろう?海には海で敵は多い。 生存率は1%に満たないという説もあるが…?? 大自然の驚異に心をうばわれて、しばし呆然と砂浜に座っていると、 突然、すぐ近くに何やら動く物体が…?
生まれたてらしく、まだ目も開いてない。 この小さな生命体が、必死に海に向かって 歩いている! 腹ばいになって小亀の目線になって後から 付いて行ってみる。 ヨチヨチ歩きの小亀は、自分にとっては 砂丘のような広大なビーチをあちらこちらに ぶつかりながら歩いていく。 しばらくすると目が開き始めた。 この小亀に見えてる世界はどんな世界なんだろう? 本能のおもむくままに、一心不乱に進む小亀の後を追いながら、そんな事を考える。 途中、海から上がってくるカメと小亀がすれ違う。 なんだか凄い光景だ。海から来て海に帰る…。 生命を生み出すために力を振り絞ってる者と、 そこから必死で生まれた生命がやはり命がけで海に帰る姿。 産む時も生まれる時も生き抜く時も自分だけの力で頑張っている。 カメは立派だ。完全に自立してる!! 小亀が海岸に辿り着いた。目の前には巨大なスープが…。ここは波が荒い。 きっと小亀にとっては、マウイのJAWSに入る以上のスケール感だろう。 ヨチヨチと海に入っていく。いきなり流される。大丈夫か?! あっ、いたいた。スープにぐるぐる巻きにされている小さな物体が見える。 そして2度目のトライ…、またビーチに押し戻された。 そして3度目にきた巨大なスープ! あーーーっ …。 波に揉まれながら、小亀は巨大な海の世界に吸い込まれて行った。 カメはまだまだ上陸してくる。夜になったら100頭以上になるという。 観たい気持ちはあったが、暗くなると帰れなくなるので日が暮れたのと同時に、 プラヤ・オスショナルを後にした。 その夜ベッドの中で、あの小亀は今頃どんな世界を見てるんだろう? そう考えたらなかなか寝付けなかった。 “アリバダ”… 世界でも珍しい自然の大現象。 圧倒的な生命のエネルギーに、人間は言葉を失くしてしまう。 こんな世界は、ここでしかお目にかかれないかもしれない。 |