Xhosa


XHOSA
「XHOSA」

南アフリカ東ケープ州、
Transkeiに古来から住む部族。
その人口は国内に点在する他の
黒人部族と比べても、2番目に多い。
(一番は有名なZULU族)
もともとは狩猟民族だったが、
現在は、牧畜や農業で暮らしている。

アパルトヘイトの思わぬメリットか(?)、Transkeiで暮らすXhosaの人々は、
今でも独自の言語『コーサ語』を話し、水道も電気もガスもない中で、
ある程度の伝統を守って生活している。道路沿いで見かける女性の中
には顔を真っ白に塗っている人が多い。(日焼け止めだと思われる)

昔、聞いたブラック・ジョークに、“マサイ族の村にはTVがある”という話が
あったが、彼らも、現実的に数時間車で走れば町があるのだ。
町に働きに出る人もいるだろう。文明社会を見聞きする機会だってあるはずだ。
実際、このホテルで働く英語堪能なスタッフもほぼ全員Xhosaなのである。
疑問は日々膨らんでいた。
“本当はどんな生活してるだろう?”

そんなある日のこと。ついにXhosaの家に行く機会に恵まれる!
ホテルのフロントで働くユニスさんが、知り合いの家を訪ねるのに
一緒について行ける事になったのである!!
こうして遂にXhosaの文化に接近遭遇出来ることとなった。

ユニスさん
ユニスさん
いつもはホテルの制服姿の彼女。
この日は、習慣にしたがって、
ヘアバンドと前掛け、顔には
白い粉をちょっとだけ塗っていた。
なんでも、他人の家に行く時は
伝統的な服装をするのだそうだ。
もちろん、彼女自身、
ホテルから自宅に戻ると
この格好に着替えるらしい。
よく似合ってる。

ユニスさんを乗せて、車を走らせること5分。
すぐに目的地に到着。訪ねる家は、小高い丘の頂上にあった。

近づいてみると、丘の表面は草原のように草が生い繁っている。
車を脇の原っぱに止め、丘を登る。いつも車で移動する時に見慣れた景色だが、
いざ自分の足で登るとなると、結構、距離があり疲れるものである。
頂上に辿り着くと、そこには4軒の円筒形藁葺の家があった。

Xhosaの家
円筒形の藁葺屋根が
Xhosaの伝統的な家。

天井
中から見ると天井はこんな感じ。

円筒形の家の壁は一見コンクリートのようだが、実は“泥”で出来ている。
鉄柱とか木は一切使わず、すべて“泥”を塗り固めて造るそうだ。
新しい家を造る時は、村中の女の人が集まって、皆で助け合って“泥”壁造りを
手伝う慣わしらしい。器用なもんである。

壁の色は、白、ピンク、ベージュといろいろあるが、圧倒的に青緑の家が多い。
何か意味があるのか?と聞いたら、単に、汚れが目立たないから、という答え
が返ってきた。でも抜けるような青空にはこの色が良く似合う。

家の中
家の中の様子。
石臼
夕食の準備中。
石臼でトウモロコシをひいている!


家の中はひんやりと涼しく見た目より広い。床は土間。
この部屋は家長の部屋で、左側に簡易ベッドが1つ、右側は台所になっている。
あとはなんにも無い。極めてシンプルなたたずまいだ。

意外な事に食器類は充実していた。ちょうど夕食の準備中だったらしく、
台所の片隅で女の人が、石臼の上で石を使って器用にトウモロコシを挽いていた。
これを挽いたものを固めて茹でたり、焼いてパンにしたりするという。

どうやって炊事するのか?と思っていたが、外に薪が燃やされていて、
その上にナベを置いて煮ていた。家の傍には、針金で枠組みされた畑があり、
そこでいろんな野菜を作っているとのこと。もちろんすべて無農薬。

驚いたことに、彼らの食事に香辛料の類は一切使われないという。
塩もコショウも無い。すべて素材の味だけで勝負だ。
お皿に出来上がっていた野菜の煮物(カボチャの一種か?)を見ていたら、
「食べてみる?」と薦められ、少しいただく。割とおいしい。

水は近所の川に汲みに行くそうだ。これは女の人の仕事とのこと。
そういえば、よく頭に巨大なバケツを乗っけて歩く女の人を見かけたが、
それがそうらしい。彼らの足となるのは車ではなく、
正真正銘、“自分の2本の足”である!
ここでは舗装道路や草原を延々と歩く人を本当によく見る。

「近所の川ってどこにあるの?」ユニスさんに尋ねると、
「ここから7km先にあるのよ」との答え。
「7km〜〜〜!?」
「そう、往復14kmくらいかしら…。」
「毎日?」
「そう、毎日。水を汲むのは女の人の仕事なの。ここでは男はな〜んにも
 しないのよ。ほんと、女は大変よ〜。」
「・・・・・・・・。」


この部族の女の仕事は多い。草を干して籠を編んだり、台所周りの仕事、
子供の世話と生活全てにおよんでいる。1日にやることは果てしなく多い。
そのくせ男優先社会で、女の人にはなにかと習慣やルールが多いみたいだ。

例えば、女は部屋を半分に割った右側にしか居ては行けないとか、
何かと許可が必要とか、服装には細かいルールがあるとか… etc。
話を聞けば聞くほど、つくづくXhosaの女に生まれなくてよかったと思ってしまう。

おばあさん
大好きなタバコを吸うおばあさん。
子供が持って来た燃えてる木で火をつける。

子供達
部屋の隅で話を聞いてる子供達。

丘の上に一塊に建つ家は、通常家族や親族で形成されている。
この4件の家には17人の家族が住んでいるという。
通常、Xhosaの家は、家長の招待や許しがないと入れない。
この家の家長はおじいさん亡き後、最年長のおばあさんだ。
今回は、このおばあさんの許しを得て、中に入ることが出来たのである。

Xhosa語は、昔映画ブッシュマンに出演していたニカウさんの喋り方に
少し似ていて、たまに“ポコポコ”という音や舌打ちする音の入った不思議なもの。
当然、さっぱりわからない。それでもユニスさんの通訳のお陰で、なんとか
コミュニケーションすることが出来た。

おばあさんの年齢は90歳以上。正確な歳は自分でも分からないとのこと。
大好きなタバコを吸いながら、昔の事とかいろんな話を教えてくれる。
この家族がこの地に移り住んだのは40年程前、その前は隣の
やはり同じ様な村に住んでいたという。

愚問だと思ったが、一応興味本位で、「TVを観たことはありますか?」
尋ねると、「それが何の事かがわからない。」と言われた。
ハイ、つまんない事聞いてスイマセン。

「昔と変わったことはありますか?」との質問に対して、
「そりゃあ、変わったよ。食器やベッドとかいろんな物が増えた。
 以前は床で寝ていたからね…、虫とか大変だったよ… etc。」


“いろんな物?これで?!”と言いたくなるくらい、な〜んにもない部屋の中で
おばあさんはそう語る。ベッドといっても家全体で3つしかないので、他の人は
当然、床に寝ているのだろう。

「でも一番変わったことは、こうして外国人と会うようになったことかね…。
 最初に外国人を見た時も驚いたけど、昔はまさかXhosaの村の者で、
 外国人と話しが出来る者が出てくるとは夢にも思わなかったよ…。」

 おばあさんはやさしい笑顔でそう話してくれた。


ヤギ

放牧されてるヤギ。
ゴミ箱
ゴミ箱。

外にはヤギや黒豚や羊、鶏などが放牧されている。
畑でとれる野菜と、これら放牧している動物での完全自給自足生活。
たまにそれらを売って生活する以外は、現金収入は無い。
この家族の場合、唯一、大きな息子が1人だけ町に働きに出ていたが、
大多数の家は、まだまだ伝統的な生活を送っているのが普通らしい。
そしてそれでやっていけるのだという。

家の裏には、木で出来た柵に囲まれた中にドラム缶が1つ。
これは「ゴミ箱」で、家から出るゴミ(すべて有機物!)をここに入れておき、
しばらく経ったら、肥料として使うのだ。
なんという、スーパー・エコ生活!!

自然に打ち勝つ!とばかりにやってるTV『サバイバー』なんて、
ここの人々にとっては笑っちゃうレベルであろう。
肩に力を入れることもなく、長い間の伝統と習慣を守って、
ただただ静かに時の流れと共に生きている。

子供達
家のお手伝い??
おもちゃ
針金で作った「車」。
これを引っ張って遊んでる子が多い。


一夫多妻制の為、子供の数は多い。1人平均5,6人生むのが普通らしく、
3人奥さんが居るとして、1家族15人〜20人の子供がいるのだという。
子供達は、大抵、その辺を走り回って遊んでいる。

まだよちよち歩きの小さな子供が、広い大草原の中を1人で歩いている姿も
よく見かけて驚くことが多い。 確かに、この辺りには誘拐するような人間は
いそうにないし、子供達にとっては大自然は自分の家の一部みたいなものだろう。

外国人を見かけると、どんなに遠いところからでも走って飛んでくる。
(彼らの視力は5.0くらいはあると思われる。)
「Money !!」とか「Sweet !」と叫ぶ子供もいれば、
ただ不思議なものを見るようにジッと微動だにせず眺めている子もいる。
目が会うと、立ち止まって笑顔で手を振る子供も多い。
彼らの目に映る我々は、一体どんな風に見えているのだろうか…?

家
丘の上に点在するXhosaの家。
山のような丘がたくさんある独特の
景色の中に、点在する家々が見える。
家はどこも絶景が広がる最高の場所に
建っている。
1家族ごと、広大な敷地に住んでいて、
隣の家も遠い。静かな世界…。
プライバシーは完璧である。

果てしなく広がるパノラマ空間。
この空間の広がりを写真で伝えるのは
不可能に近いだろう。大自然の中を
歩く人々の姿の小さいこと!
こればっかりは、実際に見ないとわからない。
彼らは驚愕するほど広大な自然空間で生きているのだ!!

パノラマ・ビューの真ん中を走る1本の舗装道路。
その脇には電柱があり、電線が延々引かれている。
以前何かの本で読んだ記事で、ある有名な写真家が、『アフリカで写真を撮る
のに邪魔なのは電線だ。あちこち引かれていてアフリカ的な写真が取り図らくて
本当に困る』と語っていたのを思い出す。

これらはもちろんここに住む彼らに必要なものではない。
景観を壊すそれは、ふもとの村にあるホテルの為に引かれたものだ。
新しい文明を持ち込む人間は、そこに住む人々の生活空間を乱してはいけない。

さぁ、これで前回のMAILの答えは明らか。
Xhosaの子供達に食材をあげてよかったのかどうか…?」

答えは勿論、「否」。ダメに決まってる!
本当にゴメンナサイ!! 浅はかでした。しかし時すでに遅し…。
今となっては、戦後日本に来日していた“ギブ・ミー・チョコレート”の米兵のように、
単なる親切な“異人さん”として、あの子達の記憶に残るよう、祈るばかりである。
今回は深〜く深〜く反省。

彼らのことを文明から遅れた部族と言うのは先進国のおごりである。
いままさに戦争しようという国の方が、よっぽど野蛮で原始的だ。
物を追い求める欲望に振り回されない分、精神的にも落ち着いた生活を
送っているのかもしれない。

変わりゆく世界の中で、彼らがどこまで自分達のライフスタイルを守っていけるか
は誰にもわからない。でも少なくとも私がこの地にいる今の時点では、
Xhosaの人々は平和に暮らしていた。
そしてそれを守る為、意識的に伝統と習慣を大切にしていた。
エコだなんだと騒ぐ必要もないくらい完璧に自立している彼らの生活は、
たとえ戦争が起きてもまったく変わらないだろう。

最後に村を去る時、おばあさんがわざわざ外まで出てきてくれて
一言こう言ってくれた。
「体に気をつけて、いい旅を続けてください。」
なんか、ジーンときた…。

ゆったりとした時間の流れの中で、
いろんなことを考えさせられた貴重な体験となった1日であった。

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