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Vol.102 『Dutch's Freedom (後編)』
 2003年6月26日

さて、我々が滞在したのはオランダの首都Amsterdamである。
一国の首都&観光地なので街のスピードは速く、人や自転車でいっぱいだ。

そんな土地柄なので、子供の姿はあまり見かけない。
それでも、街中の公園や動物園では、のどかに過ごす家族連れの姿を
よく見かけた。日本もそうだけど、ほとんどの家族連れは郊外に住んでいる。
一歩、郊外に出ると、そこには素朴でのんびりとしたライフスタイルが
垣間見えるし、「家族でともに過ごすこと」が何よりも大事という人も多い。

風車と花
オランダと言えば、こういうイメージ?
木靴
今や観光客のおみやげ化した木靴。

オランダに滞在して、一番驚いたのは、
快楽に対する「法」の寛容さではなく、その「労働システム」であった。

英語で「Dutch Count」と言えば「割り勘」のこと。リゾートでもお金を使わない
ことで有名だし、Dutchは堅実で倹約好きなのだとばかり思っていたら、
若い人の中には貯金ゼロという人が多くて意外だった。

サービスに関しても、仕事は遅い。
買い物するにも事務処理的なことをするにも、サービス・カウンターには
絶えず列が出来ているし、気が遠くなるほど時間もかかる。
それでも一つ一つの仕事はキチンとするので、容量は悪くても真面目なのか?
と思っていると、やりかけの仕事があっても、自分の帰宅時間になると
平気でそのままにしてとっとと帰ってしまう。

現地のレストランに勤める日本人によれば、「もう信じらんないよ!
オーダーの肉焼いてるのに、自分の仕事の時間が終わったら、
そのまま裏返しもしないで帰っちゃうんだから…。」
と嘆いていた。

どうやらそれらすべて、「労働システム」の違いからきているみたいだ。

街の住居
カーテンのない家も多い。
Dutchは開けっぴろげなのか?
窓際
窓ガラスのあるサンデッキ?
日本でいうところの縁側感覚。

現在オランダの経済は非常に元気だ。90年代の初めに政府がとった政策
『パートタイマー奨励制度』、別名『ワーキング・シェア・システム』によるところが
大きいという。

それは、フルタイム労働者の労働時間を大幅に削って、そこで出た誤差の
労働時間を、新たな労働市場として複数の人間でシェアをし、それで雇用の
拡大をしようという政策だ。経営を立て直すためにリストラして1人あたりの
負担を強化している日本とは、まったく逆の発想だと思う。

このアイデアは労働組合のアンケートから始まったらしい。
それによると、労働者達は昇給なんぞより労働から解放されて、家族と共に
過ごす時間を増やして生活を楽しみたい、と考えていることがわかった。
労働組合はそれまでの考え方(昇給獲得中心)を大幅に変えて、
パートの権利を擁護する法律へと働きかけていったという。

96年には、フルタイムとパートタイムの間で、昇進、昇給、待遇の差別、
すべてが禁止された。しかもいつでもフルタイムからパートタイムの移行ができて、
その逆も可能になった。経営者にとっても人件費の総額は変わらない。
あらゆる待遇に差別がないのだから、パートタイムというもの自体の意識が
大きく変わったのは間違いない。
店内
お気に入りのカフェ。外にはデッキがあり、
運河を眺めながらお茶できる。


コーヒー&ケーキ

オランダのおやつ、Poffertjes
タコ焼きのような形のパンケーキだが、
おいしい!

この政策は今のところ当たっているように思える。
なぜなら、失業率は減り、経済成長率が上がったからだ。
“子供を連れた男性”を良く見かけるのも、どうやら子供を持つ女性の
社会進出が容易になって、逆に男性が育児に参加できるメリットが増えたと
いうことか…。もともとオランダは、“家長が存在しない”という珍しい国
なので、男性の抵抗も無かったと思われる。

夫かフルタイムで働くより両方がパートタイムで働いた方が
収入が増える場合も多いらしく、今や上司がパートというのも珍しくない。
現在、それにハーフというのが加わっているらしい。

これは日本で自立したい女性には、羨ましいシステムである。
独身の時はフルタイム、結婚して子供が出来たらパートやハーフ、
子供が大きくなったらまたフルに戻り、将来、親の介護が必要な時は
再びパートかフルにすればいい…と、選択の自由があるのだ!

そのせいか、Dutchの女性は自立している人が多い。
男性も、収入に問題ないのなら、自宅で専業主婦の妻にお尻を叩かれるより、
自分自身も子育てに参加できて、家族と過ごせる方が楽しいのでは
なかろうか?

労働者が好きなタイプの労働時間(フル、パート、ハーフ)を好きな時に
選べるようになったことによって、より生活を楽しむゆとりが生まれたのである。
社会保障も進んでいて、年金制度もしっかりしているから、60過ぎたら
働かなくても生きていけるという。素晴らしいではないかっ!
貯金がゼロという人が存在できるのも、この保障のおかげだろう。

それにしても、『生活を楽しみ家族で過ごす』というのが『労働』の目的として
個人がはっきり意識していて、そしてそれを国が保証しているというのには
感動すら覚える。どこぞの国の指導者達に視察にきて欲しいくらいである。
フライドポテト
Patat、またはFritesと呼ばれる
フライドポテト。なぜかDutchは
マヨネーズをかけて食べる。


コロッケ

Kroket。いわゆるコロッケですね。
自動販売機で売ってたりするよ。

勿論良いことばかりじゃない。

オランダの税金は高い! 外国人でも30%は取られるし、Dutchに至っては
それ以上の金額を支払わないといけないらしい。失業者にもたいそうなお金が
保障されているので、働き者は損するシステムのような気もする。
会社への忠誠心などは希薄だし、労働の能率も悪い。
「肉をひっくり返すこともしない…」といった仕事意識の低さも問題だ。
労働者はいいけれど、経営者は大変だと思われる。

まぁ、それでも今のところ大丈夫なんだろう。
能率を上げたからといって、国民が幸せに暮らせるとは限らないしね。
税金が高いのも、日本の様に、一体何に使われているのかよくわからない
国とは違って、保障制度が機能しているから、ある程度納得できると
いうものだ。

“日本もこうなればいいのに…。”なんてつい考えがちだが、私自身は
それはどうかな?と疑問に思う。だって、もし、これが日本なら、
“年金制度もしっかりしていて、失業者にも十分なお金がもらえるし、
 どうせチョロチョロ働くくらいなら、働かない方がまし” な〜んて奴が
急増しそうでしょう?

ところが意外なことに、この国の失業率は低いのである。
適当でもなんでも、とりあえず、Dutchは働く。
その点、“モラルが高い”のである!
ベースは国の保障に対する安心感なのか(?)、堅実な国民性は未だ、
健在なのだ。

この国にいると、なんだか日本のことが心配になる。
戦後、富国強兵の名のもとに、経済力をつけようと頑張って働いた
お父さん達…。信じていた終身雇用制も崩壊し、景気も悪くなり、
マス・メディアも無責任に不安を垂れ流しにしてなんの解決法も提示しない。
なれないパソコンなんか憶えなきゃいけないし、本当に可哀想だ。
将来の不安で一杯、という人も多いと思う。

でもよく考えれば、自分の命もいづれ無くなるし、会社だって無くなる。
世の中に本当の意味での保障はないのだ。
でも「国」はなかなか無くならない!その国が保障してくれるというのは、
かなりの安心感があるのではないだろうか?

「国」が保障している、というのは本当に凄いことだと思う。
ようするに、国民の事を真面目に考えている政治家が多いということだし、
しいては、その政治家を選んだ国民が偉いということか…。
建物の外観
街の建物は可愛い。


ラクガキ

自転車とラクガキ。

最後に、ご存知のとおりオランダには王室がある。
女王様が自らデパートに買い物に行くほど「開かれた王室」で有名だ。
女王の誕生日などは、ダム広場に人が集まり、女王の簡単な挨拶の後、
皆でビールのジョッキ持って(もち、女王も!)、「乾杯〜!」と一気飲みして
終わりだ… というのだから気安いもんである。

「権威」に価値を置かないDutchらしい話だと思う。
この国では、『法』は人間の奉仕の為に存在していて、「権威」ではない。

個人を尊重して、家族と過ごす時間を大切にするライフスタイル。
マイノリティーや弱者に対して、寛容で受け入れる姿勢。
ここは本当の意味での“大人の国”である。
この「Dutch的自由」という理念がある限り、国や法が人に奉仕するという
姿勢は、今後も続いていくだろう。

『自由』の大切さを知るには、不自由な国で暮らした方がわかりやすい。
権力とか束縛とかから生まれる『自由』への渇望が、文化や芸術を
作っていく根源的なエネルギーに変わる事も多いと思う。

だけど…、
『自由』って何?と聞かれたときに、世界中のどの国の人々よりも、
いち早くその答を知っているのはDutchなのかもしれない。

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